宮本しづえのかけ歩き

あかるくあたたかい県政へ

17日、高橋ちづ子衆議院議員とともに桑折町にある浪江町からの避難者の仮設で懇談会。時々来て話を聞いてほしいと。飯野町の後援会が新年会

17日午前、高橋衆院議員とともに浪江からの避難者の仮設住宅で懇談会を開きました。参加した皆さんからは、もっと頻繁に話を話を聞きに来てほしいとの注文が出されました。賠償の打ち切り、避難区域による差別をなくしてほしい、医療費免除を続けてほしいなど長期化した避難生活に伴う様々な意見、要望が出されました。ある方は、突然血圧が200-150になったが、遅れてきた避難によるストレスだと言われたなど、健康不安も多様化していることが窺え、医療費免除の継続の切実さも浮き彫りになりました。

自治会長さんは、浜通りの復興計画の図を見せられたが、結局は箱モノばかりで自分たち被災者一人一人のことは考えられていないと感じたと述べており、国、県が進めようとしているイノベーションコースト構想が避難者とはかけ離れたものと受け止められている状況も分かりました。また、原発作業員に手厚い処遇をして、しっかりした作業をしてもらわなければ、復興などできないとも強調されており、この間共産党が一貫して求め続けてきたことが、避難者の方々とも響きあう課題であることを確認できました。

 懇談会では話さなかった方に声をかけると、請戸で家も墓も流され何も残っていないから、話しのしようがなかったとのこと。実は町が整備した墓が確保できたが、50万円と言われた。賠償はないのでしょうねとの確認をしたかったらしい。津波で流された人には東電は宅地しか賠償しません。改めて、被災者生活再建支援法の拡充を求めていることも話しましたが、早期に何とかしたいものです。

 

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帰り道、桑折に建設中の復興住宅をカメラに収めました。戸建ての住宅で済みやすいのではないかと感じましたが、参加者からは、二階建てなので上がり降りが困難でむしろここには住めないとの意見もあり、複合的な整備の必要性を感じました。

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午後、飯野町の後援会で新年会。ここで出されたのが飯野町福島市から見捨てられているのではないかとの声。同時に、飯舘の避難者のためには買い物、病院通いに村がバスを出しているが、飯野町の住民には何もない、不便さは同じなのに飯舘避難者だけが優遇されているのではないかという声です。去年も同じ声が出されていて、避難者も受け入れ住民も共に地域で暮らす住民との立場で、相互乗り入れができないのか、検討すべきではないかと感じました。

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