宮本しづえのかけ歩き

あかるくあたたかい県政へ

原発事故賠償紛争審査会が初めて福島県で開催され傍聴しました

 1月27日、郡山市原発事故賠償紛争審査会が開かれ傍聴しました。審査会が地元福島県で開催されるのは初めてのことです。避難指示されている12の市町村長さんが川俣町を除き全員が出席して意見を述べられました。県からは知事が出席。これだけの皆さんのご意見を伺える機会はなかなかありませんでしたので、大変貴重な機会でした。

 この会議の開催案内を見たときには、賠償の終期設定の考え方を聞きたいという思惑が強く感じられたので、警戒感をもって傍聴しました。

 しかし、各首長さんから出された意見、要望はどれも被災者の生の声を代弁する切実なものばかりで、とても賠償の終期を考えられるようなものではありませんでした。

分けても浪江町双葉町の町長さんは、紛争審査会に苦言を言いたいとして、これまで被災者の意見を聞かずに賠償指針が作られてきたことを痛烈に批判。被災者の代表を審査会に入れてほしいと述べられました。 

 また、共通して出されたのは、避難区域の見直しに関する意見で、地元の意見を聞かないままに国が一方的に区域の見直しを行おうとしている事に不満の声が出されました。これまでも原発からの距離や、放射線量で地域が分断されてきたが、再び地域が3つに分断される。こんなやり方はもうやめてほしい。指定は、行政単位で考えてもらいたいとの要望が上がりました。飯舘村長は区域見直しに伴って除染計画が示されたが、飯舘村を2年間で除染を終わらせるとしているが、そんな乱暴なことできるわけがないと怒りを露わにし、国の見直し計画にはとても乗れないと述べました。賠償については、元の暮らしを取り戻せるまではしっかり賠償してほしい、避難区域の財産等の賠償を早く基準を示してほしいとの要望が相次ぎました。

 お昼時間もなしで、若干の休憩のみで午前11時から午後4時半まで続きました。審査会の委員からの発言は、能見会長、田中俊一さん、他お一人だけで後の皆さんはただじっと聞いているだけ、こんなことで大事な賠償基準が作られていくのかと思うと不安になりました。