宮本しづえのかけ歩き

あかるくあたたかい県政へ

福島県の追悼集会とシンポジウムに参加

 東日本大震災犠牲者の追悼の日となった3月11日、福島県主催の追悼集会に参加しました。国会からは紙智子参院議員が参加。集会は追悼集会ののちに、玄侑宗久さんの記念講演とシンポジウムが行われました。このシンポはなかなか活発な討論となりました。玄侑さんが、福島県の震災と原発事故から1年の感想を問われて、放射能に汚染された土壌の処理も決まらない現状の中、国が中間処理施設を県内に設置、最終処分場は県外に作るとする法律を作ろうとしているがそんなことが現実的に可能なのかと疑問を表明。知事は、国を信頼したいというにとどまり、最終処分場を含めて国が責任を持つべきとの立場は鮮明にしていません。

 玄侑さんは、コンピューターによる情報化社会のあり方は再検討が必要ではないかと指摘、コンピューターで机上の計画を作り、現地を見るのはそのあとでというような今の行政の在り方では、現場の声は反映できないと述べました。情報伝達が大事だと発言した見城美枝子さんは、発信された情報が安全かどうかという問題と、安心なのかという事には大きな開きがある。この溝をどう埋めるかが大切だと述べられました。

 この溝を埋められるかどうかは、行政が住民を守るメッセージを発信するかどうかにかかっていると思います。6万2千人を超す県民が県外に避難しており、その数が増え続けていることは、政治のメッセージが届いていないことの何よりの証明ではないでしょうか。

 福島県民一人一人の暮らしと生業の復興なくして福島県の復興はあり得ません。その視点に立った県の復興支援策が求められています。

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写真上は、県民の詩を朗読する女優の小雪さん 中は、紙智子参院議員と会場入り口で 下は、鈴木浩先生をコーディネーターにシンポジウム、玄侑さん、見城さん、佐藤知事

 郡山市では、全国から1万6千人が集まって、原発なくせの集会が開かれました。本当はこちらの集会に出たかったのですが、県議団で役割分担、私は福島市の県主催集会に。ちょっと残念。オール福島でもっと発信していかなければ、フクシマが過去のことにされてしまいます